カトリックの〈信仰〉

イエス・キリストの死と復活から始まるカトリックの信仰は、2千年近い歳月にわたって途切れなく続いてきました。カトリック教会は、この歴史と伝統の上に立ち、現代の人類が抱える深刻な課題にも深くかかわりあいながら、私たちの世界が少しでも平和で心豊かなものになるよう、日々の祈りと活動を行っています。

ここで、私たちの教会の信仰の内容について、簡単にご紹介しましょう。

主の祈り

カトリックの信者が毎日唱えているのが、次の「主の祈り」です。

天におられる私たちの父よ。み名が聖とされますように。み国が来ますように。
み心が、天に行われるとおり地にも行われますように。
私たちの日ごとの糧(かて)を、今日もお与えください。
私たちの罪をおゆるしください。私たちも人をゆるします。
私たちを誘惑におちいらせず、悪からおすくいください。

これは、聖書の中にある、神であるイエス自身から「こう祈りなさい」と弟子たちに伝えられた言葉です。ここには教会の「信仰」のエッセンスがぎゅっと詰まっています。

〈罪〉と〈ゆるし〉――信仰の出発点

まったく心に欠点のない人は、どこにもいません。法律上の「罪」は犯さなくても、日々の生活の中で、欲望のまま行動したり、人といさかいを起こしたり、また誰かを見下すとか批判するとかして、後でいやな気分になることはよくあります。自分中心の心がもつこんな歪(ゆが)みこそ、人間の〈原罪〉だといえるでしょう。

こうした「歪み」とそこから来る苦しみは、誰の心の中にもあるものです。しかし、それを自覚し、神の前に告白して、司祭のことばを通じて「ゆるします」と言われれば、どこかほっとした気持ちになります。

〈天国〉とは、そうした自己反省と回心の安らぎの先に見えてくるものだと思います。

〈愛〉と〈いつくしみ〉――神の恵み

私たちは、目の前の現実に追われ、苦しんだり思い悩んだりすることからなかなか抜け出せません。どこにも救いなどない、という絶望的な気持ちにもなります。
けれども、その私たちの命を支えている宇宙の万物や、私たちの身体そのものは、何者が作り出したのでしょうか。

私たちが存在し生かされていること、それ自体が、何か大きな者の〈恵み〉なのです。「私たちの父」である神が、世界の始まりから今の毎日の生活に至るまで、いつも、絶えず、豊かな恵みを与えてくださっているのです。単に物質的なものではなく、「ゆるし、いつくしむ」愛に基づいた〈魂の糧〉として。

キリストを信じる人は、そのような神の愛といつくしみに感謝し、自分自身も、愛する人間のために犠牲となったイエスにならって生きようと願っています。信者たちのその営みが、世の中に〈神の国〉をもたらすことにつながるのです。

「み国が来ますように」――神の国を待ち望む祈り

ミサの中で、参加している人々も司祭も共に「主の平和」と唱えながら互いに挨拶を交わす場面があります。洗礼を受けた信者でも、けっして聖人君子ばかりではないので、ふだんは気の合わない人がいたりするのかもしれませんが、この挨拶の瞬間には、人間を超えた大きな存在の前で、自他の不完全さを互いに受け入れ、ゆるし合い、共に信仰に生きることができるように願っているのです。

カトリックのミサは、はるか昔から受け継がれている祭儀の中で神の大きな力を感じながら、一人ではなかなか実現できないような心(霊魂)の高まりを実感できる機会です。

このような「ゆるし」と「愛」の世界を、教会でのミサだけでなく、いつどこにでも実現することができれば、それは〈神の国〉ということができるのではないでしょうか。

よくある質問

カトリック教会に初めて訪れてみようとされる方が感じられる不安や疑問点、よく寄せられるご質問について、簡単にQ&A形式でご説明いたします。

他にもご質問なさりたい点や、さらに詳しくお聞きになりたいことがありましたら、電話などで、お気軽にご質問をお寄せください。

ご訪問について

いつ開いていますか? お休みの日はありますか?

教会の聖堂は一年中毎日開いています。聖堂に入れる時間は、朝8時から夕方6時までです。

拝観料のようなものは必要ですか?

必要ありません。教会施設に入るための料金は一切いただいていません。

駐車場はありますか?

あります。駐車場に、一般車4台と障がい者用1台が置けます。ただし日曜日のミサ時などはいつも満車になりますので、近隣の有料駐車場もご利用ください。

私のような信仰心をもたない者が、教会の中に入ってもいいのですか?

もちろん歓迎いたします。教会は、信者だけに限られた場所ではありません。また、教会を訪れたら神を信じなくてはいけないという約束もありません。お気軽にお入りください。

私には神様の前に立つ資格などない気がしますが、受け入れてもらえますか?

はい。教会とは、むしろ、生きる上での救いや支えを必要としている方、ご自身のことが小さく無意味なものに感じられているような方にこそ、来ていただきたいところなのです。どうぞいちど足を運んでみてください。

ミサについて

ミサでは、何をしているのですか?

聖歌を歌い、聖書の朗読を聴き、司祭の説教を味わい、みなで共に祈ります。そして、キリストによる最後の晩さんを記念する「聖体拝領」が行われます。カトリックのミサは、キリストのもとに集まった人々が、神への感謝とともにその恵みにあずかる場です。

キリスト教の信者ではありませんが、ミサに参加できますか?

はい。ミサには、他の宗教の信者の方を含めて、どなたでもご自由に参加できます。「聖体拝領」はカトリックの洗礼を受けた方に限られますが、信者でない方も、司祭からの祝福を受けることができます。

ミサにはどんな服装で参加したらいいですか?

改まった服装は必要ありません。大勢の人が集まる場にふさわしい常識的なものであれば、普段着でけっこうです。

ミサに参加するのに何か持ち物は必要ですか?

何も持たずにお越しになっても大丈夫です。聖歌の本や必要な資料は聖堂内に用意してあります。

小さい子どもを連れて行ってもかまいませんか?

大丈夫です。お子様をお預かりするようなお手伝いはできませんが、聖堂内に一緒に入っていただいてけっこうです。小さなお子たちの姿がほほえましいという声もありました。

ミサを見学したいのですが、予約は必要ですか?

予約は必要ありません。当日、入り口の案内係にお声をかけていただければ、ご見学のための案内や説明をいたします。

ミサは、始めから終わりまでどれくらい時間がかかりますか?

通常の日曜日のミサは1時間から1時間半です。カトリックの祝祭日(クリスマス、復活祭など)の盛大なミサでは、それより長くかかるものもあります。

ミサ中に献金をしなくてはいけませんか? ほんの少しでもいいですか?

ミサの始めに献金籠(かご)が祭壇前に用意されますが、献金するかどうかも、金額も、自由です。献金は義務ではなく、神への捧げものとして、自由なこころざしのもとに行われます。

ミサに参加すると、入信を勧められたりしませんか?

ご心配には及びません。ご自身で望んでおられない方にまで入信を勧めることは決してありません。 信仰を強制してはならないというのが、現代のカトリック教会の基本原則です。

その他

教会には、私と同じくらいの若い人たちもいますか?

年配の方々から子どもまで、幅広い年齢の人たちが集まっています。若い人たちも多く、「子どもの集い」や、中学高校生、青年のグループ活動も盛んです。また海外のルーツの方もおられ国際色豊かです。

聖書について教えてもらうことはできますか?

「カトリック入門講座」・「聖書の集い」で、聖書の所々を取り上げて説明されます。詳しいことは教会へお問い合わせください。

神父様と話したいのですが?

事前にお電話でご連絡いただければ、ゆっくり時間をとってお話ができます。ミサにいらっしゃれば、終わったあと立ち話程度はできますが、何かと予定もあり長い時間は難しいので、前もってお電話でのご予約をお勧めいたします。

結婚式を芦屋教会で挙げたいのですが、受け付けてもらえますか?

当教会の聖堂で挙式ができます。ただし、カトリック教会としてのいろいろな規則や条件があります。[結婚式・葬儀]のページをご覧ください。

洗礼はだれでも受けられるのですか?

はい、何も制限はありません。ただ、洗礼は「秘跡」(神の恵みにあずかる特別の機会)の一つであり、それを受ける人にとって、新しく生まれ変わるのと同じほどの重い意味をもっています。このため、特別な場合以外は、あらかじめ入門講座などで信仰について学んでから受けることになります。

いつかカトリックの洗礼を受けたいと思いますが、どうしたらいいですか?

まずは主任司祭(神父)にご意向をお話しください。まだ現実的にお考えでなくても、「カトリック入門講座」に出て、信者としての生き方がどのようなものかを知っていただくのもよいと思います。